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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和39年(う)58号 判決

被告人 橋本敬 外一名

主文

被告人橋本の本件控訴を棄却する。

原判決中、被告人重山に関する部分を破棄する。

被告人重山を懲役六月に処する。

原審における訴訟費用中、証人川島正人及び同川島梅乃に各支給した昭和三八年七月一五日出頭分は、被告人橋本及び原審被告人当住正雄と連帯のもとに、証人源正義及び同掛下清行に各支給した分は、右当住正雄と連帯のもとに、それぞれ被告人重山の負担とする。

当審における訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人三井三次作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

論旨第一点(原判示第一の(一)の事実誤認)について。

所論は要するに、原判決は罪となるべき事実第一の(一)として、被告人橋本が原判示言動を弄して、川島正人を脅迫した旨認定判示しているが、右は同被告人が川島経営のバーへ飲みに行つても、同人が不快な顔をするので、腹立ちまぎれに若干不穏な言葉を発したのであつて、同被告人には脅迫の意思がなく、また川島は畏怖していないから、右事実認定は誤りである、というのである。

よつて先ず、原判決書を調査するに、原判決は罪となるべき事実第一の(一)として、被告人橋本は原判示日時、場所において、川島正人に対し、「お前はどうして俺達の仲間を歓迎しないのか。お前の店はだんだん商売ができないようにして、必ず叩き潰してやるから、その心算で居れ」なる旨申し向け、今後同人の営業(起訴状はこれを財産としている)にどのような危害を加えるかも知れない態度を示して、脅迫した旨判示しているところ、右は刑法第二二二条所定の自由又は財産に対し、害を加うべきことを以て、川島正人を脅迫した趣旨に理解すべきものであるから、脅迫罪の罪となるべき事実の摘示として欠けるところがない。そこで原判決挙示の対応証拠(そのうち、被告人橋本の当公廷における供述とあるのは、第一回公判調書中同被告人の供述記載を含む趣旨、証人川島正人及び同川島梅乃の当公廷における各供述とあるのは、第七回公判調書中同証人等の各供述記載の誤記と認め、被告人重山の司法警察員に対する昭和三七年一一月二四日附供述調書を削除する)を総合するに、右原判示事実は、所論脅迫の犯意の点に至るまで、優にこれを認定するに足り、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、原審の右事実認定に誤りあるを認め得ない。なお相手方が現実に畏怖したことは、脅迫罪の要件でなく、従つて原判決にはこれを判示していないのであるから、相手方が畏怖しないことを以て、原判決の事実誤認を主張する所論は、的外れである。論旨は理由がない。

論旨第三点(原判示第四の事実誤認)について。

所論は要するに、原判決は罪となるべき事実第四として、被告人両名が共謀のうえ、原判示吉村こと方において、家人の承諾がないのに、同家二階客室に入り込み、よつて故なく人の住居に侵入した旨認定判示しているが、被告人等は女中に断つたうえ、二階客室に居た国分栄一等に対する貸金取立のため入つたのであつて、家人の欲しない違法行為をする目的で入つたのではないから、右事実認定は誤りである、というのである。

よつて原判決挙示の対応証拠(そのうち、被告人橋本、同重山及び同作住の各当公廷における供述とあるのは、第一回公判調書中同被告人等の供述記載を含む趣旨の誤記と認め、被告人重山の司法警察員に対する昭和三七年一一月一五日附供述調書を削除する)を総合すれば、所論原判示第四の事実は、これを認定するに十分である。尤も原審第一一回公判調書、被告人橋本の司法警察員及び検察官に対する各供述調書等記載にかかる関係被告人等の供述、証人野口作松の当公廷における供述中には、右認定に抵触するものがあるけれども、該供述部分は右対応証拠に徴し、たやすく措信し得ないものであり、その他記録を精査し、当審事実調の結果に徴しても、原審の右事実認定に誤りを認め得ない。論旨は理由がない。

論旨第四点中、被告人橋本に対する量刑不当の主張について。

所論に鑑み、記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌したうえ、証拠に現われた諸般の情状、特に被告人橋本は本件犯行当時やくざ仲間に加入しており、本件犯行が暴行、脅迫等であること、同被告人は昭和三二年以降暴力事犯の前科四犯を重ね、本件犯行は累犯であること等を考慮すれば、同被告人に対し、懲役六月の実刑を科した原審の量刑は、これを相当として是認すべきであり、重きに失する事情は認め得ない。また所論指摘の事情は、原判決の刑を軽きに変更する事由となし得ない。論旨は理由がない。

(なお被告人橋本の原判示第四の住居侵入と同第一の(二)の暴行とは手段結果の関係があり、また右暴行は被害者二名に対し、一所為で犯したものか、或は順次二個の行為で犯したものか、判示自体で明らかでないが、そのいずれにしても、結局最も重い住居侵入の一罪として処断されるべきものであり、原判示第一の(一)の脅迫とともに、二個の併合罪となるのである。而して各その所定刑中、懲役刑を選択するとすれば、原判示前科による累犯加重をしたうえ、刑法第四七条本文に従い、重い住居侵入罪の刑に併合罪の加重をすべきところ、原判決は右手段結果の関係を認めず、三個又は四個の併合罪として、各その所定刑中懲役刑を選択し、累犯加重及び併合罪の加重をしているのは違法であるが、結局その処断刑は、同条本文に従い、住居侵入罪の刑を基準にしているのであるから、右法令適用の誤りは、判決に影響を及ぼすものではない。高裁刑裁特報三八号四八頁、東京高裁時報一一巻九号刑二五三頁、同一四巻一号刑四頁、下級裁刑集二巻九・一〇号一二〇一頁各参照。なお被告人重山についても、同様の瑕疵があるけれども、この点は後記当裁判所の自判により是正するから、問題はない)

論旨第二点(原判示第三の事実誤認)について。

所論に対する判断はさておき、職権を以て、原判示第三の事実摘示の当否を検討するに、本件起訴状には、これに相当する公訴事実として、「被告人重山、同当住は共謀のうえ、昭和三七年一〇月三日午前零時頃、鳳至郡能都町字宇出津山分木下久一方において、川島正人に対し、お前に今まで手も足もついているのが不思議な位だ、お前も生身であることをしつかり覚えておけと怒鳴りつけ、暗に何時同人の身体に危害を加えるかも知れない旨申し向けて、同人を畏怖させ、よつて同人を脅迫し」と摘示されており、その罪名及び罰条として、暴力行為等処罰に関する法律違反、同法律第一条第一項と掲げられているから、その訴因の表示は不完全(共謀は同法条にいう共同を意味しない)ながら、右罪名及び罰条と相俟つて、数人共同して刑法第二二二条の罪を犯した暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項違反事実と観察すべきところ、原判決は法令の適用だけは右該当法条を掲げているが、罪となるべき事実の摘示としては、右公訴事実の丸写しであつて、共同実行等数人共同に当る事実は、全くこれを遺脱しているのである。而して原判決は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項違反事実を判示する意図であることを看取し得るから、理由不備の違法を冒したものといわなければならない(当事者の意思解釈と被告人の防禦に実質的な影響を与えない見地から、その明示に欠陥ある訴因を暴力行為等処罰に関する法律違反の訴因と認めたとしても、厳正を旨とする判決における判示事実の解釈については、これと同日に論じ得ない。また仮に原判決が額面どおり、共謀による脅迫事実を判示する意図であつたとしても、それは法律理由とのくいちがい乃至は、法令適用の誤りとなるのである)。而もこの違法は一個の刑を言い渡した併合罪中の一罪に関する事柄であるから、原判決は被告人重山に関する限り、全部破棄を免れない。

よつて被告人橋本の本件控訴は、理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとし、当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項本文第一八二条の趣旨に従い、全部これを被告人重山と連帯のもとに、被告人橋本の負担とし、被告人重山の本件控訴は、結局において理由があるから、爾余の論旨に対する判断を省略して、同法第三九七条第三七八条第四号により、原判決中同被告人に関する部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、更に判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人重山の犯罪事実は、次に判示するものの外、原判示罪となるべき事実第二の(一)(二)、第四と同一であるから、ここにこれを引用する。

被告人重山は当住正雄と共同して、昭和三七年一〇月三日午前零時頃、石川県鳳至郡能都町字宇出津山分木下久一方において、こもごも川島正人(当時二六年)に対し、「お前は今まで手足がついているのが不思議なくらいだ、お前も生身であることをしつかり覚えておけ」等と申し向け、暗に同人の身体に危害を加えるべき旨の言動を弄して、同人を脅迫したものである。

(証拠の標目)(略)

(本件各犯行が累犯となる前科及びその証拠)

原判決の(累犯の前科)欄に掲げる被告人重山の前科並びにその証拠と同一であるから、ここにこれを引用する。

(法令の適用)

被告人重山の判示所為は、昭和三九年六月二四日法律第一一四号暴力行為等処罰に関する法律等の一部を改正する法律附則第二項により、同法律による改正直前の暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二二二条第一項に、同被告人の原判示第二の(一)の暴行の所為は、刑法第二〇八条に、同第二の(二)の傷害の所為は、同法第二〇四条に、同第四の住居侵入の所為は、同法第一三〇条第六〇条に各該当し、以上の各所為はいずれも、罰金等臨時措置法第三条第一項第二条の適用を受けるべきものであるところ、右暴行と住居侵入とは、手段結果の関係があるから、刑法第五四条第一項後段第一〇条に則り、重い住居侵入罪の刑に従い、以上の各所為につき、所定刑中それぞれ懲役刑を選択したうえ、原判示前科との関係上、同法第五六条第一項第五七条による累犯の加重をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、同法第四七条本文第一〇条を適用して、そのうち最も重い傷害罪の刑に従つて法定の加重をなし、同法第一四条の制限を加えた刑期範囲内において、被告人重山を懲役六月に処し、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条を適用して、主文第四項記載のとおり、同被告人の負担とし、当審における訴訟費用は、右法条に従い、全部これを被告人橋本と連帯のもとに、被告人重山の負担とする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)

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